★この動画は2012年7月に配信された放送です★
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この意見がどうしても納得でない人はその子に100%時間を使えるかどうかをよく考えるべきかな。こんなにも娯楽の溢れた世の中でその全てを捨てる覚悟があるか。死ぬまで半ば自由な牢屋に囚われる感覚を想像できるかな?
日本は「命は大事」という言葉に酔っている。
「命は大事」という表社会のキレイゴト好きな人は
子供が不幸になる前提とすれば、どっちを選ぶ?
私はどっちを選ぶかはなかなか決められない。このように言い切れないのは理由がある。
「生きる権利を奪うとは何事か」と言っている人たちは自分は育てないから言ってるんじゃないかな?
キレイゴトを機械的に言うのは、日本ではやめたほうがいい。
外国ではそんな風にきれいごとを軽々しく言わないからね。
実際に事前検察で知った場合、堕胎率は8割近いらしい
難しい
これが行き着くとこまで行ったら優生思想だと思う
翻って今の社会を見ると、健常以外の人間が暮らしやすいとはとても言えないと思う
これは「正しい」という尺度で決められないことだね
看護師の友達がこれ必ず学校で議題になるやつって言ってて結局答えは見つからないんだけど考えることが大事だよねえ
子供の中絶は基本的に産む人が最終的に決めるべきだと思うけど
病気で苦しむのは親よりも子供自身だと思うのね。いじめられたりするし、性犯罪被害率も高くなる。
いくら子供のためになんでも出来ます!って思考でも子供の代わりに精神的負担を背負えるわけじゃないから。
この意見が合ってるとも間違ってると思わないけど
ダウン症が理由で堕ろしたお母さんお父さん達には少しでも気が楽になる言葉なんじゃないかなと思う
資本主義経済のもとで確かに順番からいったら親が先に死ぬんだから産むなら最低でもその子が一生働かなくても大丈夫な資金を持つ人でない限り無責任になると思います。
「ダウン症の子も見てるんだよ」ってコメントに戦慄した。それは話題が出た時点で視聴をやめればいい話。批判的な意見を聞きたくないだけなら、自分が嫌だからって言えばいいのに。
100%この方と同じ意見じゃないけれど、産むかどうかって親のエゴだと思ってる。産んだからには最大限責任を持てとは思う。でも幸せにできる自信がないから障害を持つ可能性のある子を産まない、って選択肢をとる事は尊重されていいと思う。
それが戯れで生まれた命なら話は別だけど。
昔はダウン症の子は長生き出来なかったんだよ。だから短い一生を親も大事に過ごせたんだよね。それが医療の進化で彼らも大人になれるようになった。ずっと面倒見れる環境ならいいけれど、親子共にかなりキツい人生になりそう。ある意味、選択が出来るのは正しい事だと思う。
ダウン症は堕すべきだと俺は思う、ダウン症の親になるってことは本当にやばいことなんよ。ダウン症の子の母親と父親はうちの親父とかお袋と年齢そんな変わらんのに10歳以上老けて見えた。ダウン症は祝福とかいう人いるけど、呪いだよ
善意を子供に押し付ける安っぽい綺麗事が一番嫌いだ。
淘汰というのも一種の救いだと思う。
どちらの決断も尊重すべき。
良いとか悪いとかない。
親の人生子供のためにあるわけじゃない…私の母は本当に子供第一でずっと頑張ってくれてる…ありがたい、大した手伝いもできてなくて申し訳ないって思いつつ…恩恵を受けている身なのに、もっと母には自分を大切にして欲しいって思う
子供の頃、ダウン症の弟と通学していたけれど、世間の大人が彼に一瞬向ける冷酷で見下した視線が今でも忘れられない。
解決しようがない理不尽を共に背負う覚悟があるならば、産んでもいいのではないか?
生まれるはずの命を殺すのも、生まれた後の大変さを背負うのも、その辛さを最も感じるのは母親、そして産まれるまでの葛藤を見守ることしか出来ない父親。
だからこそ、他人がその選択に口を出すことも、生まれてきた命を蔑むことも許されてはいけない。
堕ろすべきとか産むべきとかではなく、当人達が選択すること。当人達が主体であるべき。
どちらを選択したとしても周囲が責めたり哀れむのは間違いだと思うし、産む選択をしたご両親がそれを周囲に産むことが正しいと押し付けるのも違う。
倫理観に縛られるものではなく、どちらの選択をしても当人が自分たちにとっての正解を選択したのだと思える社会の空気が必要。
堕ろすべきとか産むべきとかではなく、当人達が選択すること。当人達が主体であるべき。
どちらを選択したとしても周囲が責めたり憐れむのは間違いだと思うし、産む選択をしたご両親が周囲に産むことが正しいと押し付けるのも違う。
倫理観に縛られるものではなく、どちらの選択をしても当人が自分たちにとっての正解を選択したのだと思える社会の空気が必要。
堕ろすべきとか産むべきとかではなく、当人達が選択すること。当人達が主体であるべき。
どちらを選択したとしても周囲が責めたり憐れむのは間違いだと思うし、産む選択をしたご両親が周囲に産むことが正しいと押し付けるのも違う。
倫理観に縛られるものではなく、どちらの選択をしても当人が自分たちにとっての正解を選択したのだと思える社会が必要。
今の時代、できる限り自身の負担を減らすために結婚しない、子供を作らないという人が増えてる中で、事前にダウン症だと分かったら堕ろす人はとても多そう
お腹に命を授かった時に必ず考えた事です。そしてダウン症以外にも沢山遺伝子病があるわけで、妊娠中はそんな不安を常に頭に置いてた。
生まれてからも様々な心と体の病気があります。
そして受験。
親になって、自分達の親はこんなに自分の事を考えてくれてたんだなと感謝で一杯。
自分が選んで生きてきた道が正解かどうかなんて誰かに決めてもらうものではない。
人間が正答を出せる問じゃないね。
産むことも堕ろすことも悪ではないと思う
これを言える文化人はこの人くらい
説得力もあるんだよな
看護婦をしてた母に聞いた話だが、戦前は奇形や遺伝子疾患のある赤ちゃんは生まれても、死産にしてたそうだ。
それくらい厳しい生活だったってことだ。
口減らしなんて言葉が有った時代だ。
堕ろす決断をした人を責めない社会にならないといけないよね
親が最後まで子の面倒を見るならいいけど、残念ながら今や医療技術の進歩のせいでダウン症の子供は親より長く生きてしまいます。
私は堕ろす選択をします
まったく同意です、知り合いの夫婦が障害持って生まれるとわかって産んだが24時間体制の介護で疲弊して数年後その子供は亡くなったのだが、2人とも鬱状態になり最後は離婚しました。
あんなに仲良くて幸せだったのに悲しいです。
染色体異常は子供が作れない遺伝病の可能性が非常に高いため、せっかく産んでもその代で終わりになる(つまり、孫の顔は見られない)と思っておいた方がいいです
あと、自分が先に世を去ることになったしたら、後を誰かが親身に世話をしてくれるかというとそうは問屋が卸さないので、晩年はかなり厳しくなるでしょう
これダウン症の子供を産む前か産んで育ててるかの違いだけでも受け止め方はだいぶ違う
自分は後者で、生まれてダウン症と分かり大変だがタイムマシンで過去の自分に会えるなら堕ろせとは絶対言えない
ただ、現時点でお腹の中に入っている状態でダウン症と分かったなら堕ろそうと嫁に言うと思う。
誰かに相談されれば堕したほうがいいと言うと思う
私は賛成です。障害者施設で数々のケースを見てきました。障害者を生んだら、親たちは一生面倒を見なければいけない。しかし、高齢者になると、面倒を見れなくなる。
結果、施設に預けて、あれこれ言う。親たちも子供も決して幸せではない。幸せと感じるのは、諦めからくる幸せ。
幸せと思わないと親たちも生きていけないから。
ダウン症とは違うけれど、昔一緒に住んでいた兄に双子ができて、出産前にその双子は両方体に障害を持っていると分かりそれでも産むと言って産まれてきまして。結果、発達が遅く思い通りにいかない2人に兄は、中学校にあがるまで毎日毎晩、私の部屋に泣き叫ぶ声が聞こえる程虐待を繰り返し、養護学校も痣などに目もくれず、奥さんの方もそれを見て笑っている光景があまりにも鬼畜で、限界になり児相へ通報し2人ともその日に保護されました。
その事もあり、私自身が妊娠した際に感染症にかかり妊娠継続が出来ない状態になったのですが、このまま産む事も出来るが赤ちゃんに重度障害が必ず残ると言われた時点で産む事を諦めました。
悔いはあります。だけど、姪2人とも生きている事が辛いと今でもよく電話で話してくれます。それを聞くと、授かった命だからというだけで産むのも無責任でしかないんだと痛感します。
産まない選択を取る人たちを責める事は絶対に出来ないです…
この前ドキュメンタリーで見た知的障害同士の夫婦の話思い出したわ
高校生くらいの息子が居たけど身の回り世話とか息子に投げっきりみたい感じでしかも暗に”自分達の世話させる為に産んだ”みたいな事言ってて居た堪れなかったわ
息子はただただ無言で居たけど本人達は気を遣う知能も無いし悪気も無いのがね・・・息子のあの表情は忘れられん
例え障害は無くとも、良くも悪くも自然界なら消えてるタイプが生かされている
堕ろすことが悪なわけないけど、堕ろさないことが悪になる時が怖いなと思う。
堕す堕さないの判断を決めた当事者たちを外野がとやかく言うのはあれだと思う。だから決して当事者たちはその判断に対して後ろ向きにならないで欲しい。
産むことを否定してないし堕ろすことも推奨してない、素敵なコメントだと思うなぁ。
産むことを否定してないし堕ろすことも推奨してない、素敵なコメントだと思うなぁ。ただ産めとだけ言われてるママとかには救いの言葉かな。
親戚に重度の障害持ちの人がいる
当時は産まれてくるまでその子にどんな障害があるか分からない時代だった
それでも叔父さんと叔母さんはとても頑張って育ててて凄いと思った
だが、今は産まれる前に子供にどんな障害があるか分かるようになった
叔父さんと叔母さんに聞いた時「もし分かってたら産まなかったかもしれない、でも産んだから今がある、後悔はしていない」と言っていた
私も障害があって苦しんでる一人です。出産前に検査で障害があるとわかるなら私みたいに辛い人が増えないようにして欲しい。知的に問題があると虐められるよ社会に出れないんだよ…。何より本人が辛い想いをする。親は先に年をとって亡くなります子供の世話は永遠に出来ません。自分が年を取ったら子供の面倒は誰が見るのかお金はどうするのか考えて欲しい。
どういう選択をしようと周りが責めないことが大事だね
ダウン症の親とその子供(子供がダウン症かは不明)インタビュー受けてる動画で、もう30超えてるのに、ずっーと親の介護させられてて、今後の人生についての話をした時に”生きててよかったって思えるようになりたい”みたいなことを言ってて辛くなったね。
子供がダウン症とはちょっと変わるけど、結局この動画のようなタイプで堕ろさずその子たちが親となったらこうなるし負の連鎖は続く
「産みたい人は産めばいいと思うけど、私はそれが分かったら産まない」と言ったら全否定されました。
産むのは親のエゴだけど、両親が死んだらその後の世話は親族に行く。拒否もできない。それを聞いた時、自分の姉妹に大変な思いをさせたくないと思ったんです。
これ、口に出すの結構勇気要ります…
堕ろすのはどうしても良いイメージが無いから、こういう影響力のある人が自身の考えを声にしてくれるのは良いよね
義弟は重度のダウン症にもかかわらず、現在46歳になり同じ家で暮らしている。
婿の私にとっては、本当に苦悩の日々。軽々しく多くは語りたくない。
経験から、賛成だ。
障害がある、長くは生きられない、と胎児の段階で判明して医師から告げられていたのに、そのご両親は堕胎を選ばなかった。
娘さん、頭は正常だったから、物心がつけば自分に障害があること、同年齢の子供達と同じことが出来ないことを理解した。投薬で体は痛いし苦しい。それでも良くなっていくならまだしも、二十歳まで生きられないこと知って、壊れた。
短い生涯の間、親へ恨み辛みの言葉を吐き出し続けたそうだよ。
「どうして私を産んだの?」って。
知人から聞いた話だけど、正直、言葉が出ない。
産んだ親にとっては少し残酷な言葉かもしれないけれど
ダウン症と診断されて今産むか産まないか決断を迫られている親にとってはとても救われる言葉だと思いました。
親の人生は子供のためにある訳じゃない。その言葉すごく重くて良い言葉だと思う。
お姉ちゃんが知的障害をもっています。私は親が亡くなってもお姉ちゃんの面倒を見る人が必要だから産んだって面と向かって言われてからさらに未来が決められてる感じがして生きてて辛いです。
時間があればお姉ちゃんの面倒を見て自由な時間が限られてて気分が落ちる時もある。まだ学生だから考えが幼稚なのかななんて思いつつももっと自由に生きれたらなって毎日思っています。どれどけ苦労してもお姉ちゃんの事を思うと涙が出るくらい愛してるから辛い。
岡田さんのように身内に障害の方がいなくても色々な事を考えてくださっている方々がいると思うと少し心が軽くなりました。ありがとうございます。
こういうことは母親である人に任せるのではなく、夫側からも「こうしたい」とはっきり心の整理をつけて発言するべきですよね。
「君がしたいようにしたらいい」っていう言葉は命のかかった選択を1人だけに任せると言う一種の逃避だと思っています。
期間に余裕があるうちに検査をし余裕を持って2人で選択出来るようにするべきだと思いました。
親族に知的障害者が居るんですが、正直皆が皆、産んでくれてありがとうって言えるような綺麗な現場じゃないです。
その子の父親である叔父も本人も相当しんどそうです。
それを間近で見ていますので、もし自分が障害児として産まれるのがわかっているなら中絶してくれって思ってしまいます。
自分が薄情なのかなって思ってたけどこの動画見て勝手ながら救われました。ありがとうございます。
ダウン症の親戚のおじさんがいる。その人は52歳だけどその歳までずっと介護されてるだけで当然仕事もできず、遊びにも行けず、彼女もできず。こんなこと、現実では絶対に言えないが、正直何のために生きてるんだろうと考えることはある。その親も明らかに産んでから苦労した人生送っていたし、人間的にも余裕がない人になってた。
堕ろすも産むもそれぞれの自由なのに堕ろしたら「何で堕ろしたの?」「障がい者差別!」って言われ、産むと「何で産んだの?」「苦労するのは子供なのに可哀想」と言われる
じゃあどうしろと?ほっといてあげなよって思ってしまう
小学生の頃からの親友は、障害のある弟がいて、一部の同級生から「お前も障害者なんじゃねーの!?」と酷くいじめられてた事があります。その親友が去年三人目の命を授かり、ダウン症を指摘されたそうです。
その子は、「ダウン症でも可愛いのは凄くよく分かってるけど、上の子たちに私みたいな経験をさせてしまうかもしれないのが怖い」という判断をしていて、考えさせられました。
それぞれの思いや事情があって下した決断を、無下に否定するのは少し違いますよね。
兄弟が重度のダウン症だけど、やっぱり辛いことも多いし、なによりその辛さをなかなか共感して貰えないのとか、「辛い」って言うこと自体が悪みたいな風潮が本当に辛い。
「家族なんだから理解してあげないと!」じゃないんだよな。家族じゃないとわからない辛さもあるんだよ。
育てるのは親なので、関係ない人は何も言わないのが1番。子育ては大変です。本当に想像を超える。だから
本人の決定すること。
私は5人目妊娠中に胎児がダウン症だとわかりました。
悩んだ結果堕胎しました。周期がギリギリだったので普通の出産と同じでした。
未だに悲しい。忘れたことはない。
だけれども、上の子4人の人生のことを考えると納得してます。
自分のお腹にある命を堕ろす選択って相当勇気いると思う。
本当に言語化が上手い
悲しいテーマですが、堕ろすもエゴ、生むもエゴ、それだけでしかなく、正解が無いテーマも世の中にはあるよなぁと思いました。
妹がダウン症です。
本人は家族に愛されて自分の好きな事をして毎日めちゃくちゃ幸せに生きてます。
健常も障害も何か分からないので、他人と自分を比較して自分が不幸だと思い込む事もありません。
本当にただ自分の世界観で幸せに生きてます。
大変なのは親ですね。
一生付きっきりで育てていかなきゃいけないので。
自分には同じ選択は出来ないと思いました。
「子供の人生は親のためにない」って言葉はよく聞くけど、それと同時に「親の人生は子供のためにない」ってのもマジでその通りだなって思った…すごい納得した…
福祉系の大学出身だけど、大学だと「障害は個性、だから素晴らしい」しか言わない(洗脳してくる)。実際、障害児を育てるのって大変で、それで虐待したり一家心中ってこともある。障害を是とするのは、なんとか育てられた家庭の人だけ。親だけが大変なのではなく、その兄弟や親戚などにも大きな負担を生涯に渡って背負わせ続けることになる。それは金銭であり、時間であり、手間。身内と資産と未来を全部掛け金にして産むのかというのを考えて欲しい。感情的にではなく、合理的に。
助産師の友人に同じ事を思ってずばり「産まない方がその子のためか」聞いた事があるんだけど、「理屈では分かってたり、元々そう考えていても、赤ちゃんが死なないようにそれまでの日々(少なくとも10週以降)を色んな面から我慢しながら守り抜いたら、結果的にはおろすお母さんは私のまわりでは少数だね…」って言ってた
深く考えると「10週間以上、生活上の不便や不安(勿論希望も)を抱えながら守り抜いた命」だもんな…下ろすより殺す感覚だよな…
下の娘がお腹に宿ったのを知らずにCT検査を受けました。
本当に初期の頃だったため、そのせいで障がいを盛った子になってしまったらどうするか?と夫婦で話し合いをしました。
私はどんな子であっても産みたいと言い、主人はもしも障がいがあるならば諦めたいと言ったんです。
その時はなんて酷いことを言うんだと思いましたが、「少しの障がいで、将来一人で生きていける位ならいいと思う。でも一生人の手を借りなければ生きていけないとしたら、その子が死ぬまで俺たちが面倒を見てやれるか?上の子の人生もダメにしてしまうかもしれない。産まないのは親のエゴかもしれないけど、わかっていて産むのもエゴだと思う」という言葉にハッとさせられました。
赤ちゃんを殺してしまう罪悪感から逃れるために産むと言ったのかもしれないと思ったんです。
産むのも親のエゴ、本当にその通りだと思います。
その後主治医から特に問題はないと言われたため娘は元気に産まれてきましたが、このことは障がいについてとても深く考えさせられた出来事でした。
私は、知的障害のある方の支援を仕事にしています。保護者がどのような思いで子を育ててきたのか、楽しかったことも、嬉しかったことも、今でも辛いことも沢山見てきたし聞いてきました。泣きながら、家族だけではどうにもならないと、支援を求める声も。そして、今自分が妊婦になり、自分の子に障害があるならば…と考えることはもちろんありますが、障害を身近に感じているからこそ、ますます分かりません。おろすという選択をしたお母さんに何か言うことも、産む選択をしたお母さんにも、親のエゴとも私は思いません。それぞれの責任を持って考えた結果、それだけだと思います。
障害の子を持つお母さんを今まで何人か見てきましたが本当に頭が上がらないくらい凄いと思いました。ママ友の前で子供の愚痴を言う所も見たことがなく、障害を持つからと言って自分の子を特別に扱うことはありませんでした。私たちの前では明るいお母さんとして、口を聞けない自分の子にも笑って話しかけていました。このときに、私には真似できないと思いました。もし私が障害を持つ子を妊娠したら、堕ろすと思います。私は強い人間ではないので。世の中の、障害を持つ子を育てるお母さんを尊敬しています。
たぶん、この方のようにハッキリと言ってくれる人がいてくれて
安心する方もいるだろうな。。。
産んだ後育児放棄しない限りどの選択肢も愛があるよ。
どうしても親は先に死ぬし、堕ろすというのもまた愛だよ。
兄が知的障害者です
凶暴性も強くて毎日殴られてたので本当に酷い幼少期を過ごしました
色々我慢を強いられ諦めなきゃならない環境で育ったので
家に居たくなくて金も無いけどゲーセンで人がプレイしてるのをひたすら見てたり
本屋でひたすら立ち読みしてたりと
今考えても泣けてくる幼少期でしたね
自分も今は結婚して子供は今の所なんの検査にも引っ掛かってないので安心してます
もし産まれる前に分かってたら妻を説得して降ろす選択を取ってたと思います
今も兄は健在で薬で大分落ち着いて昔の様に暴れる事はなく施設で大半お世話になってます
障害者にこんな事を思うのもどうかと思うのですが正直まだ憎いです
兄には1日でも早く死んでもらって歳行った母を安心させてあげて欲しいと正直思ってます
2個上の兄が自閉症ですが、やはり子供の頃は辛いことが多かった記憶があります。
親も苦労していてこちらにさく時間もないだろうから色々と我慢していたし、小学生の頃障害者のみのクラスに兄は居て周囲に妹だと知れ渡っていたのもあって、兄に対してどういう顔をしていいのかも分からなかった。外食に行けば、兄は音に敏感で呼び出し音が嫌いで耳を塞いで声を出して嫌がるので周りの客にジロジロ見られるし(今は耳栓なりイヤホンで音楽を聞いたりして対処してます)、成長してからも外で警察のお世話になったこともあって恥ずかしくなったり、友人が障害者に対して嫌悪感がすごくかなり悪く言うので言い返したいけれど兄も友人も好きな私は何も言えなかったし、今兄は働ける場所できちんと働いていますが、通帳は親の管理で実家暮らし。もし親がこの先亡くなった時誰が兄の面倒を見るのか。私なのか弟なのか。親もその辺は考えてると思いますが、不安がよぎります。
そして自分がもし親という立場になった時、そういう子を妊娠してしまったら相手の意見も聞きつつ自分の経験も話して決めると思います。
決めるのは当事者だしそこに何か言うつもりも無いけれどただ軽い気持ちで決めないで欲しいなとは思います。子供は家庭以外のところでも兄弟姉妹によって影響受けたりするのです。そしてそれを親に言えなかったりするのです。
障害児施設で医療職としてこれから働く者なんですが、全ての障害が出生前に分かるわけではありませんよね。障害を持って産まれてくる子供が居ない世の中は到底来ないと思います。
だからこそ、私は、少しでも安心して生活出来るお手伝いが出来ればと心から思います。
少し過激な意見もあり、心が痛みますが、現実は甘くないんだと改めて実感出来ました。
健常な子の子育てだけでも大変なのに……
障害を持つ子を育てる親は本当に凄い
腹水でのダウン症検査をしたことがあります。
お腹の表面から長い針のついた極太の注射器を刺し、子宮内の羊水を抜き取ります。
もちろん胎児を刺さないようにエコーで様子を伺いながら針の向きを変えつつ吸引するのですが 中の胎児動いているので危険のない検査ではありません。
わたしの時は針先に細胞が張り付き、羊水を戻すわけにもいかないので自然に細胞が羊水の流れで剥がれるのを1時間以上(お腹に針を刺したまま)待ちました。
震える手で注射器を持ったまま涙をこらえる医師と周りを取り囲む教授達が「動かすな!」と青い顔で見守るなか わたしはただ子供の無事だけを祈っていました。
ダウン症の検査は可能です。
ただ、とても気楽なものではなく健康な胎児であっても傷を負うリスクのあるものであることは知って頂けると幸いです。
四児の母です。あと数日で5ヶ月目にはいる時期にエコーでダウン症とわかり先生におこさんたちもいますし諦めましょうといわれました。選択をしなければいけない中、その言葉は心強かったです。
職場に知的障害者が居ます。作業でカッターを使います。勤務タイムカード打刻後に新聞を読むので注意したらパニックになり『イライラしてるんです、目を潰しますよ』ってにらまれて恐怖の毎日…。上司に伝えても何も対応しないし、会社組織って障害者雇用ってアンタッチャブルなの?
その障害者は2回会社を辞めて今、3回目の復活勤務です。薄気味悪い独り言を途切れ無く言ってるし(呟くと言うレベルは越えている)障害者と共に働くのはストレス強です。
先日第二子を全前脳胞症だと診断を受けました。
運動障害、知能障害があると言われました。
25週と5日で診断を受け、週数の問題で堕胎するという選択肢はありませんでしたが、もう少し早い段階で分かれば堕胎も視野に入れていたと思います。
話は逸れますが出生前診断は、産まれてきた子の未来と、自分たちと今いる子の未来を考えるのにとても必要なことだと改めて感じました。
言いづらいことを明確に言ってくれるのが凄い。
育てると言う人は応援するし、堕ろすとした人は励ます。
育てると言う人は応援するし、堕ろすとした人は励ます。
職場に、障害持ちの子を連れたいろんな人が来る
疲れ果ててたけど、子が死んだ時に明るくなった親がいた。
ろくに会話も出来ない重度の子だけど、本当に大事そうに、愛おしそうに接してる親もいた。
どんな選択も責任があるし、責任に耐えられない人もいるけど、確かな愛を持った親子を見ると、周りも暖かく接してあげられる、平等に愛を育める社会になって欲しい。
堕ろすのも勇気。生んで育てるのも勇気。
どちらの判断も間違ってはいない。
昔TVで見たな。障害持って産まれて来た子供がかわいいから母は「食べちゃいたい」と言ったらその子供は「食べて!そしたらもう一回産んで!今度はちゃんと産まれてくるから」という話。本人もしんどい思いしながら生きてるんだな。。って痛感したなぁ。そしてなにより優しさが溢れてて泣いた。あ、なんか論点ズレたわ笑
叔父がダウン症です。
生まれてからずっと二世帯で私も一緒に暮らしてきました。昔は福祉施設に仕事で通っていましたが、歳をとるにつれて合併症などで今は目も見えず歩けもせず80歳を超えた祖母が毎日オムツを変え、ご飯をあげ、昼夜関係なくベッドで大声出して歌を歌っています。
ダウン症は天使だとよく聞きます、私も小学生の頃は支援教室の子達とよく遊んでいましたが、支えてあげられる嬉しさや楽しさもありました。ただ、今の祖母よりはるかに横にも縦にも大きい50歳を超えた大人がベッドで怠惰に転がっている様子を見るととてもそうは思えません。
祖母は叔父が心配で先には死にたくない、あの子が死んだら私も安心できると言っています。
(障がいにも軽度~重度で同じ名前でもかなり違いはありますが)私は出生前診断でダウン症だとわかったなら堕胎します。
よく聞くのはまだ障がいもちの子どももしくは兄弟が小さく若い場合はなんとか家族でやっていけてる、可愛いと思えるケースは多いみたいです。
ただ親が歳をとり体が衰え力で負けてしまう、兄弟は結婚なとで他に場所ができた時、兄弟に頼らずに世話ができないと悩んでる人をたくさんみてきました。(きょうだい児の悩みもたくさん聞きました)
実際に孫の私も大学を卒業してから数年間他県に住んでいましたが、祖父にも介護が必要になったことから祖母が心配で実家に帰ってきました。私は祖母が大好きなので、祖母の負担を減らしたくてこの決断をしましたが、決して叔父のために帰ってきたわけではありません。
叔父がダウン症です。
生まれてからずっと二世帯で私も一緒に暮らしてきました。昔は福祉施設に仕事で通っていましたが、歳をとるにつれて合併症などで今は目も見えず歩けもせず80歳を超えた祖母が毎日オムツを変え、ご飯をあげ、昼夜関係なくベッドで大声出して歌を歌っています。
ダウン症は天使だとよく聞きます、私も小学生の頃は支援教室の子達とよく遊んでいましたが、支えてあげられる嬉しさや楽しさもありました。ただ、今の祖母よりはるかに横にも縦にも大きい50歳を超えた大人がベッドで怠惰に転がっている様子を見るととてもそうは思えません。
祖母は叔父が心配で先には死にたくない、あの子が死んだら私も安心できると言っています。
(障がいにも軽度~重度で同じ名前でもかなり違いはありますが)私は出生前診断でダウン症だとわかったなら堕胎します。
よく聞くのはまだ障がいもちの子どももしくは兄弟が小さく若い場合はなんとか家族でやっていけてる、可愛いと思えるケースは多いみたいです。
ただ親が歳をとり体が衰え力で負けてしまう、兄弟は結婚なとで他に場所ができた時、兄弟に頼らずに世話ができないと悩んでる人をたくさんみてきました。(きょうだい児の悩みもたくさん聞きました)
実際に孫の私も大学を卒業してから数年間他県に住んでいましたが、祖父にも介護が必要になったことから祖母が心配で実家に帰ってきました。私は祖母が大好きなので、祖母の負担を減らしたくてこの決断をしましたが、決して叔父のために帰ってきたわけではありません。
追加: 私の両親ですが、もちろん彼のサポートをしてくれています。
父親は大まか金銭面、たまに施設や病院への送り迎えなど。
母親は医療従事者なので医療的なアドバイスや施設への手続きなど祖母にとってとても心の支えになるサポートをしてくれています。(叔父は私の父の弟なのですが、全く嫌な顔せずむしろ率先して叔父のサポートになるように動いている母親は本当にすごいなと尊敬しています。結婚してすぐに叔父がいる事も嫌がらず二世帯になったので)
私ですが、幸い在宅ワークのできる仕事なので仕事自体は変えずに住む場所だけ実家に変わったと言うだけです。
戻った理由としては両親は休みが土日なので平日は祖母だけでは、、みたいな感じです
説得力のある言葉での「諦めよう」と「生もう」はどっちも間違いじゃないけど、どっちも残酷な未来があるから選ぶのはホンマにむずいと思う。
キレイ事を他人に押しつけない事は、大切。
隙自語します。
中学1年の春、
同じクラスになった知的障害持ってる奴が給食中にキノコが食べられないんだって暴れだした。
それをなだめてなんとかお皿取り換えてやったら「世話役してくれる都合のいい生徒」として目付けられた。
以降ことごとく同じ班同じクラス同じ席に使われはじめ、友達といたかった修学旅行も校外学習も音楽会も学園祭もそいつの世話係を押し付けられた。
そんなこんなで楽しい思い出がほぼ無いまま3年生になってしまった、それが凄い辛かったから正直に先生に
「もうアイツと組ますの辞めてください、耐えられません」と相談した。
そしたら学年集会の時に名指しで「みんなは○○(俺)みたいに差別するような人間になるな」と公開処刑。
これがきっかけでもう今学校に行けなかった。
そんな生活でいちばん許せなかったのは先生よりもアイツよりも俺をアイツと同類扱いしてくる粘土共よりもアイツの親だよ。
あんな業物を産んだ奴がいたせいで学生生活無茶苦茶にされて学校にも行けなくなった。
それでも俺に詫びの一言すら入れに来ない。
世話されてた当の本人は俺を邪魔だと蹴ったり殴ったり物投げたり。
本当に中学校とはなんだったの?
馬鹿にされようが蔑まれようが何も分からない奴なんか生きてても死んでてもなんも分からねぇよ、それが産まない選択が辛いんだかしらないが結果として世話係を押し付けられる情もクソもない赤の他人の方が辛いに決まってるじゃん、親だけが苦労こうむると思うなよ。
弟がダウン症だけど、いてくれてよかったって本当に心の底から思ってる。
産んでくれたお母さんにも、産まれてすぐに死ぬかもしれない手術をがんばってくれた弟にも感謝しかない。
弟がいなかったら大学だってこんなに難しいって言われてる学部は受けてなかった。春から勉強がんばるけんね。障がい持ってる子が笑顔で暮らせるようにする。
産まれてきてくれてありがとう。お姉ちゃんはこれからもずっと大好きだよ
2人目の子に、病気が見つかり2月に妊娠5ヶ月で中期中絶しました。妊娠継続を希望しても40週までお腹の中で育てられる可能性が低く、無事に出産しても生後まもなく亡くなってしまうか手術を繰り返し生きていくことになる可能性が高く、染色体異常もある可能性も否定できない、とのことでした。夫婦でたくさん何度も二人で泣きながら話し合いをしました。上の子の子育てをしながら、手術を繰り返し、入院する我が子の子育ても行えるのか、1人目の子にも寂しいおもいをさせてしまうのではないか、2人目の子は産まれてすぐから手術を繰り返し、病院で生活する可能性が高いことや15歳まで生きられる可能性が5%と分かっているのに産むことを喜んでくれるのか。
私たちが望みわたしのお腹にきてくれたこと本当に嬉しかったのも事実で本当に悩みました。結果、私たち夫婦は中絶することを選択しましたが、今でも私は本当にこれが正解だったのか分かりません。私が望んだためにわたしのお腹の中にいる命を、私が中絶するその瞬間まで生きている我が子を自分が殺してしまった、ということを日々考えてしまいます。望んだくせに我が子が病気があるというだけで殺してしまうような最低な母親だと、もう子供を望むのはやめようとずっと思っていたのですが、、もちろん2人目のことを忘れることはないし、これは良い選択だった!と、おもうことはありませんが、親も選択してもいいのではないかというご意見を聞いて、少し心が軽くなりました。
私は、産み育てるという覚悟がもてず決断することはできませんでしたが、今現在、病気と闘いながら生きている方やそのご家族の方本当に尊敬しています。そしてどうか少しでも多くの幸がありますように。
「文明人の作法じゃない」
すごいよ、よく言えたよこれ…
生むのが正しいって意見が肯定されがちだけど、反対意見も受け入れられる世の中であってほしいな
言ってしまえば綺麗事だもの
重度障害者を弟に持つものです。
弟は昨年施設を出て
住み込みのお仕事をしています。
ご飯等は食べれてるようですが、
自分が何者かも分からない。
なんのために生きているのかも分からない状態です。
両親の離婚により小学校に上がる前離れ離れになり、成人をした際母に訪ね、施設で暮らしていることが分かりました。
15年振りに会った時、泣きながら「ごめんね」と親共々言うしかありませんでした。両親の離婚も弟の教育を巡ってのものと聞きました。
ダウン症が出産前に分かるのであれば、
産まない選択をすることは大いにアリだと思います。
どちらの選択も正解だと思います。
悩むことに意味があるのだと思います。
自分の子がダウン症等分かったら産まない選択を推すと思います。
やはり一筋縄じゃ行かないんです。
そこはわかって欲しい。
ダウン症の子ども達を否定するんじゃないんです。
ダウン症等の子ども達を産まなかった親を非難する。
綺麗事しか言わない大人が嫌いなんです。
駄文長文失礼しました。
誤解を恐れずに言うなら「身内に介護は無理」と言う現実は確かに存在する。
車椅子に乗っている障がい者です。障がいを抱えて生きていくというのは大変です。障がいを持っているとそれだけで自分以外の人やものと関わるのが難しくなると思います。少なくとも自分はそう感じています。人生は自分以外のものと触れ合った分だけ意味をなすと思っています。色々なアクティビティに挑戦したり、恋人と幸せな日々を送ったり、そのような機会に恵まれない私は何のために生きているのかということを不意に考えてしまいます。技術がどれだけ発展しようとも、そのような機会の多さが健常者と障がい者との間で埋まることはありません。
しかし親にはここまで育ててもらい、とても感謝しています。仮に親のエゴで産まれてきたと考えても、ここまで育ててくれたことが当然だとは全く思っていません。だからこそ、上で述べたような考えを持っているということが親にとても申し訳なく感じています。
結論はありませんが、これが当事者の一意見です。後ろ向きな意見のみで後味が悪いですが、ここまで読んでくださった方ありがとうございます。
通勤の時に時々大型スーパーの駐車場で、障がい者施設のお迎えバスを待つ父と息子さんを見かけるんだけど、このお父さんはバスが近づいてくると必ず息子さんとハグするのよ。息子さんは中学生ぐらいの年齢。たぶん会話はあまりできない感じ、だけどこのハグはとても尊いものだといつも感じる。こうやってこの親子が今日もお互いを想いあって暮らせる社会に文明が発達して良かったと思う。
絶対に不安なまま周りに応援され、育てられる自信が無いのに、産まないといけない環境で悩んでおられる親御さんいると思います。素晴らしい考えだと思います。
軽度障がいの施設で働いてます。
産むだけ産んで、虐待されて、命からがらやってきた方々がたくさんいます。
一方で幼少期の教育をきちんとせずに障がいがあるからと過保護に育てた結果、社会のルールを守れずに犯罪を犯した方もたくさんいます。
それでもこの人たちは生きてます。
生きてる以上色んなことを抱えてます。
産むことは自由ですが、生まれてくる命にはきちんと責任を持ってください。
きちんとその子の障がいを理解して、障がい特性に合った適切な教育や生活環境を提供してください。
親は産むかどうかを選択できても、子どもは生まれてくる環境や親を選べないので。
岡田さんはこんな感じのことを言いたかったのかな?
小学生の頃にダウン症の子が下の学年にいて、
セクハラしてきても何をしでかしても、
ダウン症だから。
障害者だから許してあげて。
と先生から言われたのは、
まじで意味分からなかったし、
本人も許されるの分かっててやってて腹立ったな。。
申し訳ないけど迷惑かけるなら施設行けよ。
と子供ながらに思った。
酷いと思われるかもしれないけど、
私は自分の子供がダウン症なら絶対に産まない。
降ろす一択。
どっちが正解とは言えないけど、この人の言葉で救われる人もいる
出生前診断、羊水検査、共にとてもお金がかかるんです。
今の貧困夫婦には出産までの費用だけでも大変で検査したくてもできない、
夫婦ともに30歳前で、親族に障害の方がいないから検査をする必要はないと断られる。
結果生まれてから21トリソミーだったと知り泣いて泣いて、でも産んだからには育てるしかないと頑張っている若いお母さんお父さんが沢山います。
ダウン症の親が決して、親のエゴだけではないということを知っていてほしいです。
保険適用で若い方でも検査が受け易い世の中になりますように。
今不安な妊娠生活を送ってるお母さんが幸せな妊娠生活を送れますように。
さすがにダウン症を個性だとか天使だとか言うのは綺麗事すぎるよね
この人の発言に賛同します。
私がもしダウン症であり、状況を認識できたなら、生きたくはない。
同感です。グループホームの職員やってました。結局成人したら他人に預けるんですもん。親は自立させたいと思ってるのかもだけど他人の力を借りなきゃ生活できない。エゴにすぎない。
僕の妹はダウン症です
でも一生懸命毎日頑張っています
だから諦めないで生きてほしいです
私にはダウン症の弟がいます。
家庭環境も良かったし、もう20年以上一緒に過ごしたので今となっては、そういう家族の形という感覚です。
ただ私自身も我慢する部分はあったし私の知らないところで弟にはもちろん私にも我慢はさせないよう両親も苦労していたと思います。
特に障がいを持つことがなく、健全に生まれてきてくれたら、違う人生が、楽な道のりが私にも両親にもあったかもしれません。
ダウン症の人たちを指を刺して笑うような人たちには私たち家族の人生を否定されたような気持ちになり、心が苦しくなります。
岡田さんの意見はとても的確で、その後の家族の在り方を大きく変える存在になります。
身近で産む決断をした方には、支えてあげてほしいし、下ろす決断をした方には励ましてあげてほしいと思いました。